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千葉家庭裁判所 昭和47年(少)2244号 決定 1972年11月24日

少年 K・N 昭二九・九・四生

主文

少年を中等少年院に送致する。

押収してあるボンド(合成ゴム系強力接着剤、一五〇瓦)一本(昭和四七年押第一三〇号の一)およびビニール袋(ボンドを流し込んだもの)一袋(同号の二)を没収する。

理由

一  犯罪事実

少年は、

(1)  昭和四七年一〇月二三日午後一〇時二〇分頃、鎌ケ谷市○○×××番地先路上において、通行中の○田○子(当二五歳)の姿を認め、当時シンナー遊びのため自制心が弛緩し、かつ同所附近は暗がりで人通りも少ないため、にわかに劣情を催し同女を強いて姦淫しようと決意し、やにわに同女の背後から同女に組みつき胸部を締めつけ、「声を出すと殺すぞ」等と申し向け、同女を付近の草籔に引きずり込み、さらに「殺されてもよいか」と申し向け、同女を仰向けに押し倒し、抵抗する同女の右腕を捻り上げ、これらの暴行、脅迫により同女の反抗を抑圧したうえ、同女のズロースを下げて陰部に指を挿入したり、なめ廻したり、乳房を吸つたりして、約一時間にわたつて、姦淫の目的で、同女に暴行を加えた揚句、同女の説得によりかかる暴行を中断した隙に同女が逃走したため、姦淫の目的を達しなかつたが、これら一連の暴行により、同女に対し、全治二週間を要する右腰臀部、陰部挫傷の傷害を負わせ

(2)  同年同月一三日午前一時五〇分頃、千葉市○○×丁目×番××号、○○郵便局内において、興奮、幻覚または麻酔の作用を有する劇物であるドルエンを含有する接着剤であるボンドG一七、一五〇グラムチユーブ入り(昭和四七年押第一三〇号の一)をビニール袋(同号の二)に流し込み、みだりにこれを吸引し、

(3)  同年同月同日午後九時三〇分頃、鎌ケ谷市○○○×××番地、○○荘前において、同所に立て掛けてあつた○辺○の所有する中古自転車一台(時価五、〇〇〇円相当)を窃取し、

(4)  同年同月一六日午後一時頃、同所××××番地、○川○爾方において、同人の所有する現金二五〇円、財布一個(時価二〇〇円相当)およびレコード盤一枚(時価一、八〇〇円相当)を窃取し、

(5)  同年同月二〇日午後一時頃、船橋市○○×××番地、○橋○一○方において、同人の所有する現金六、五〇〇円を窃取し、

(6)  同年同月二三日午後八時頃、鎌ケ谷市○○○×××番地、○○○食品店軒下において、同所に立て掛けてあつた○田○代○の所有する中古自転車一台(時価一八、〇〇〇円相当)を窃取し、

たものである。

二  法令の適用

上記事実中、(1)記載の行為は、刑法一八一条、一七七条前段に、(2)記載の行為は毒物及び劇物取締法三条の三、二四条の四、毒物及び劇物取締法施行令三二条の二、(3)ないし(6)記載の行為は刑法二三五条にそれぞれ該当する。

三  中等少年院送致の事情

(1)  少年は、父○、母○○の第三子として出生し、中学校在学中から怠学が著しく、昭和四四年三月二二日に原動機付自転車を無免許運転して歩行者に全治一五〇日位を要する傷害を与え、同年一二月二日、道路交通法違反、重過失傷害保護事件につき、当庁により、保護観察決定を受け、その後、いずれも当庁により、昭和四五年八月七日、道路交通法違反保護事件につき、審判不開始決定を、および同年九月二五日、窃盗、虞犯保護事件により、中等少年院送致決定を受けた。当時の少年の要保護性の特徴は少年の根深く執拗なシンナー遊びへの執着であり、この根底には、少年の家庭が多数の子女を抱えた経済的貧困の状態にあり、父母の仲も険悪であり、この保護環境の悪条件に少年の前記交通事故による被害者に対する経済的負担がのしかかり、少年の周囲はことごとく情緒的不安定の要素で満ち、安定を得る場がまつたくなかつたことがある。

(2)  少年は、前記中等少年院送致決定により、多摩少年院に収容保護され、昭和四七年一月一四日、同院を仮限院して、千葉保護観察所の保護観察を受けることになつたが、その保護環境は、経済的に多少余裕がでてきたものの、基本的には以前と変わず、特に父母の確執は、同居する二世帯の観すら呈すようになり、少年は、父と共に自宅から通勤して大工職として稼働したが、五月に至つて、再びシンナー遊びに耽溺することとなつた。父の叱責に対し、少年は、六月一九日、家出をもつてこれに応えその後、バー、スナック等のバーテン等をして過していたが、一〇月一三日、本件の毒物及び劇物取締法違反を発見されてからは、この仕事すらやめ、友人宅や車中などに泊つて、連日シンナー遊びに耽り、窃盗を累行し、一〇月二三日に至つて本件の強姦致傷により逮捕された。

(3)  以上の事実に照らせば、少年の非行傾向の特徴は依然としてシンナー遊びへの傾斜にあり、本件各非行も、いずれもシンナー遊びによつて自制心を失つていた時のものであり、このシンナー癖を根本から断ち切らない限り、少年の更生はないと言うべきである。そして、少年の非行性は、粗暴犯、性犯罪が加わつてきたため、以前より進行していることも明らかである。また少年の保護環境の改善は、少年自身が独立した人格としてこれと係つていくという姿勢を持つ以外には、当面、到底期待できない。

(4)  少年の更生の要は、少年自身の自覚にしかないのであるが、少年は、知能は普通域にあり、しかも、その非行性も、決して固定化しているものではなく、可塑性を残しているから、転機さえつかめば、少年の更生は十分可能であり、それほど困難ではないと考えられる。

(5)  少年は、本件強姦致傷の行為中に、被害者から、人の心の尊さを説かれ、自己の非につき、今までとは相当異つた、人間の精神の領域にまで沈潜した反省を感じ始めている。日常的に生起する雑多の事象を越えた、物事の真実とか道理とかいつた、いわば形而上学的思考に初めて触れて、従来のこの種の説諭に対するとは異質の反応が、少年の中に生じつつある。この転機は、少年がそれを自己のものとしてしつかり把握すれば、十分少年の更生の足がかりとなるものである。しかしながら、少年の反省は、いまだ転機のための細い蛛蜘の糸に触れた程度のものであつて、現段階では、この糸は、いつ切れるか、いつ手を滑り落ちるかわからない。不安定な状態と言わざるをえない。細心の注意を込めて、用心深く慎重に、この糸をたぐつて、決して崩れない人生に対する自信と確かな物事の道理を少年に得させるためには、前記のとおりの少年の非行経歴に照らせば、直ちに少年に対して在宅保護で臨むには危険が多すぎ、収容保護による密度の高い指導が必要であり、そのための施設としては、中等少年院が相当である。

(6)  よつて、本件については、少年法二四条一項三号、少年審判規則三七条一項、少年院法二条三項により、また押収してある主文掲記の各物件については、いずれも少年法二四条の二、一項二号により、少年に対し、当裁判所が少年を再び中等少年院送致にした事情を十分理解し、今回の事件を無駄にせず、わずかに垣間見た心の平安の世界を自分のものとすることを期待して、主文のとおり決定する。

(裁判官 江田五月)

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